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女性研究者インタビュー

宮川祥子さん
女性研究者インタビュー ワーク&ライフ それぞれの選択
vol.1子育て中に深められる考え方や共感。両立のシナジー効果をプラスにいかす。宮川祥子さん 看護医療学部 准教授
ITとヘルスケアを融合し、コミュニティを構築。研究者として新たな分野を切り拓く女性研究者。7歳下の温和な夫と支え合う2歳長男の子育ては、ハッピーが溢れています。その笑顔の源は......?仕事も家族もたいせつにし、輝き続ける姿に迫ってみました。

みやがわ・しょうこ●1969年生まれ。慶應義塾大学看護医療学部准教授。一橋大学経済学部卒業、同大学院商学研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学、博士(政策・メディア)。慶應義塾大学看護医療学部専任講師を経て、 2006年より現職。1995年阪神・淡路大震災の際、ボランティア支援のためのコンピュータネットワーク「VCOM」に参画。以降、WIDEプロジェクトでのインターネット技術に関する研究活動をベースに看護・医療・福祉などヒューマンサービス分野におけるIT活用について研究している。専門分野はヘルスケア情報学、情報セキュリティ、ITを活用したコミュニティ形成支援。2006年12月に男の子を出産。2008年より「ソーシャルキャピタルを育む女性研究者支援」プロジェクト推進メンバーとしても活動中。

3つの大学院を経て、研究テーマを極める

一橋大学経済学部に在籍していた大学3年次に、金子郁容氏(現在慶應義塾大学教授)の研究室の門下生となる。以降この師匠は岐路に立つたび必ず登場し、人生に影響を与えた。

「金子先生の研究室は単に知識を詰め込むだけではなく、ものの考え方、社会に対して物事をどのように解釈するか、そのスタンスを決めて考えるトレーニング。ぼんやり抽象的な解釈ではなく、数学的にシステマティックに分析する手法を修得しました」

その後、人生のターニングポイントといえる時期を3度迎える。1度目は、大学4年生の頃。就活をして外資系コンサルティング企業から内定をもらいながらも、どこか納得いかない気持ちでいたのを金子氏に「企業に就職してわりと便利に使われてそれで終わっちゃうのは自分として不本意なのでないか」と見抜かれた図星の一言がきっかけとなり、あえて内定先を蹴って大学院で知的なものを生産するトレーニングを受けることにした。

そして2度目のきっかけは、2つ目の工学系大学院博士課程で学んでいた95年阪神淡路大震災。金子氏との縁が、またも運命の転機をもたらすことに。「現地にボランティアが行っていながら、実は現地の情報が全然ない。現場がすごく混乱していたため、東京から現地の人にネットを使って情報支援をしていこう、というプロジェクトが金子さんの発案で始まりました。その頃、私はデータベースのシステムを研究していましたが、そのプロジェクトを通じて情報はハードディスクの中にあるデータベースではなく、人のネットワークの中にあるのではないかと気づき、データベースの研究から、インターネットの研究に舵を切りました」

工学系大学院の博士課程を2年で辞め、その後インターネットの研究ができる慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下SFCと略)の政策・メディア研究科の博士課程へ入学し直した。

「『流しの大学院生』とうそぶくも、実は学費工面のため借金もした『背水の陣』でした」

インターネットを使い、コミュニケーションを研究

1996年春に、3つ目の大学院で学ぶことになり、その頃には研究者として生きていくことを意識していた。

「いわゆるインターネットのIT技術の面だけではなく、インターネットを使い、人がどうふるまい、どんな情報のやりとりがあって、エンパワーメントがあるか、というコミュニティ力の研究。当時はインターネット上にコミュニティがあるなんて誰も思っておらず、学会発表でもそれをなかなか理解してもらえなかった。SFCの村井純さんのところでインターネット技術を学び、金子さんのところでコミュニティの研究をし、清木さんの研究室でデータベースシステムの研究をし、と三足のわらじを履いて(笑)」。
ネットコミュニティは新しい分野で、ビジネスにはなり得ないとされていた当時。せっかく新しくておもしろいことをやっているのに、仕事にならないならアカデミアから発信しようと考えた。

「政策・メディア研究科はちょうど博士課程ができたところで、そこの一期生として入って。これはSFCの特徴でもありますが、既存のルールに縛られない。自由に動けるというメリットを最大限活用しました。3つ研究室を掛けもちするのもあまり当時も多くはなかったですが、好きにやらせていただいて。SFCのいいところです、ひとつの研究室に囲い込まないのって」

3つ目の博士課程が終わる頃、2001年にSFCに新しく看護医療学部ができた。
「これからの看護師には情報リテラシーが必要。単なるコンピューターに詳しい人ではなく、それをどうやって社会で活用するかを学生に教えられる人材がほしかったのかもしれません。それで応募させていただいて、ここへ着任することができました」。

仕事は知恵を絞って効率よく進めるように転身

「ヘルスケアとITといって皆が思い浮かべるのが、電子カルテや手術ロボットなど病院内の情報化。けれども、もう少し広い意味でのヘルスケアを考えたとき、私の得意分野のネットワーキングやコミュニティ戦略とつなげて考え、地域でのヘルスケアをITで支援できないかと」。

市民の方たちとやり取りをしながら上手にみんなが健康になっていけるようなプロジェクトを考え、『インターネット健康コミュニティ』というテーマで、5年ほど研究している。

神奈川県内在住のモニター20名に、食事の写真をケータイで撮り、写メ付きのブログを書いてもらう。ネット上ではSNSのようにブログをお互いに読めて書き込める仕掛けになっている。ネットだけではなく、月に1回はオフラインで顔を合わせる。コミュニティを作ることで、自分たちで健康になる力をつけていこうというプログラム。実は、この取り組みを始めた矢先に、妊娠が発覚。

「私はすごく仕事の虫で、仕事ができることが自分の価値のすべてだと思っていたので、特につわりの時期は仕事ができない自分にものすごくヘコんでいました。他にもいくつかプロジェクトを抱えていたので」

産休に入るまでに片付ければ大丈夫というボスのありがたい言葉も、裏返せばそれまでに急ピッチで仕事を完了せねばならず、ずいぶんプレッシャーになった。

「その頃から、これまでの力づくでクオリティを上げるやり方ではもう無理だと。知恵を絞って効率よく進めようと思い直した」

研究と出産育児を両立させることは、かなり大変なことだと思い始めた。授業はある程度内容が決まっているので、だれかに代わってもらえても、研究は自分のオリジナリティがある。私の領分というプライドもあるため、なかなか他の人にお願いすることができない。「では産休育休の間、ストップしていいかというと、研究はナマモノですから。やりかけたことはきちんとやりとげないといけないし、健康コミュニティも市民モニターの方に参加していただいてるので、一年休みますというわけにはなかなか......」。

12月に出産し、産休を経て3月から育休を取りながら研究に復帰。年度末の報告書を書こうとしても、書けなくなっている自分に驚がく。「オバカホルモンと名付けて(笑)、ママ仲間も同じような現象があったようです」。仕事に集中すると、今度は母乳が出なくなる。こんな実体験から両立の大変さを痛感。保育園探しを始める一方で、食器洗い機やドラム式洗濯乾燥機などお助け家電を購入。復職後の家事は、「食事は『私の味』があるけど、掃除は誰がやっても同じ」と割り切ってハウスキーパーサービスを利用する。保育園は家の近所にできた新設の私立認可保育園を選択。「病後児保育や延長のときに夕食を出してもらえるなど、子どものことも考えつつ、親のパフォーマンスがよくなるような運営をしてくださる園。限られた親子の時間を濃密に過ごせるよう考えてくれる保育園の支えは大きい」。

7歳下の温和な夫と支え合う毎日

保育園の支援のもう一方で欠かせないのは、夫の存在。宮川さんが選んだのは、7歳下の同じ研究室出身者。現在、外資系のIT系企業勤務の会社員だ。

「彼には競争心を持たなくて済むし、理解してくれますし、先輩として尊敬もしてくれる。おまけに肩もみもうまい!」と何拍子も揃った夫。子育ては母乳以外、すべて関わっている。「夫の勤務先は小さな会社なので、育児休暇を取るのは無理。でも、家で仕事をできることもあるし、そういうのは調整するよと言ってくれていたので、心強かった。出産後は仕事を減らそうと思いつつ、実際にはいろいろなプロジェクトを抱えて前年比200%くらい。でも、それを乗り越えられるのも、夫の協力が大きい」。

2歳になったばかりの息子さんは今、ご飯を食べながら食卓に足を上げるのがブーム。ダメといってパシッと叩こうとしても、すばしこくてなかなか当たらず、むなしく机を叩くことに。そんなかわいい時代だが、宮川さんは野望を話してくれた。
「小学校に入る前には、子ども用の包丁を持たせ、小学校の間でいろいろ料理のレパートリーを増やし、中学校になったら自分の弁当は自分で作る。そして、私の弁当も作ってくれるというのが目標。『お母さんお弁当ここに置いとくよー』って言って、勝手に中学校に行ってくれるのが私の夢。自立できて、パートナーにもやさしい男性に育ってほしい」

出産、そして子育ての経験は、宮川さんの仕事にとってもラッキーなことと感じている。

「産休の間に感じた、社会から隔絶された感覚は多くの子育て中の女性が実感していること。妊娠期、やりたいことはたくさんあっても体がついてこないという状況を体験して、高齢者や病気の人が地域で暮らしていくために、研究者として何をすべきか、考えを深めることができた。以前は全部自分で抱え込んでいたのが、誰に頼めば効率がいいか。誰にやってもらうのが一番その人のキャリアにプラスになるかを考えて、仕事を割り振れるようになった」

そして、こう続ける。「確かに、妊娠前と同じ仕事のやり方ではできないけれど、そのかわり以前はできなかった新しい考え方で仕事に取り組めるようになった。子育て中だからこそ深められる考え方や共感できることを研究に活かせる。そんなシナジー効果を得られることが、私にとって最大の両立の醍醐味。転んでもタダでは起きないんですよ、私(笑)」

人としての成長が、そのまま研究テーマの深まりにつながっている。出産と育児の経験によって、ふんわり受けとめられるようになった。思考力の鋭さと柔らかさは表裏一体なのかもしれない。

一筆御礼

ネットコミュニティで交流をはかる手法は、私も仕事で取り組んでいる身近なテーマなので前のめりになって研究内容をお聞きしました。研究そのもの以上に、パートナー選びの視点は卓越していらっしゃいます!これから働き続けて仕事をしたい女性にとって、どんな夫とならばハッピーに生活できるか?は本当に重要。ターニングポイントで、たいせつな人の助言などもおありだったかもしれませんが、人生における選択眼が素晴らしく優秀。大学の先生というイメージも Change!してくれそうでした。

(取材・文)あべみちこ (撮影)小暮誠